メンヘラーNORAの攻略ブログ

カテゴリ: 武道

うつの状態は千差万別でどういう状態かというのはなかなか一言では言えないけど、私の状態はこんな状態

 

私はダメなやつ、なにをやってもだめ、きらわれもの

つまり

「自分」を完全に否定(自己否定)

これを克服するには、

自分のいいところを見つけましょう。

大体心療内科とかで医者に言われたのはこの言葉。

でも、そんな簡単にいいところなんか見つからない。

就職活動とかでもそうだったけど

長所は短所より見つかりにくい

ならばどうするか。

短所を逆に考える。

空手でも私はそうなんだけど、

私は左の回し蹴りが苦手で右はそこそこ。

ほとんど威力もないし、勢いもない。

それじゃ、相手を倒せない(まぁ、倒すことが目的じゃないんだけど)

そこで考える。左にこだわらなくてもいいだろ?

得意の右を強化すればいいじゃないか!

 

私はおしゃべりでうるさい。

でもそれって、

話題をいっぱい持ってて、いろんな人と話せる

ということ。

否定的な部分にこだわるんじゃなくて逆の発想にする。

たとえ年齢詐称と言われようとも、昔のアニメや特撮の話ができると

いろんな年齢の人とコミュニケーションをとることができる。

昭和の歌謡曲とか情報を仕入れておくと(例えばジュリーとか、歌舞伎の話とか)60以上の年齢の人と話ができる。

 

大事なのは2つ

否定的な面に

こだわらない

発想の逆転

これは私の空手の師範の言葉なんだけど、

こだわるというのは聞くだけだといい言葉に聞こえる。

例)シェフのこだわりレシピとか

でも、それって

それだけにとらわれる

もっと簡単に言うと

それだけしか見えてなくて、ユニーク性に欠ける

恋は盲目状態と同じで悪い面しか見えなくて、その裏にあるいい面が見えなくなっちゃう。

それってすごくもったいないことだと思った。

だから、それを聞いたあと私は

短所という言葉にこだわる(とらわれる)ことをやめた

逆に言うと

短所をいっぱい見つけてみた。

おかしいでしょ?

短所が見つかるたびに自分の悪い部分が見えるのに。

その後、発想の逆転ですよ。

短所を逆に考える

さっきの「うるさい、おしゃべり」を逆に考えると

「大きな声を出せる、話題がたくさんある」→社交的

になる。

そんな感じで短所を逆に考えて長所になる部分を探す。

 

で、ここからが本題。

私の場合は武道でなぜうつが軽くなったか。

それは武道の世界では極端に言うと

こだわる(とらわれる)→死

極端すぎると思うけど。

例えば、私の好きな戦国時代。

その頃に武道っていうのは生まれた。

もっと前からかもしれないけど。

で、目の前の相手の攻撃だけに囚われてると

後ろ、左右からグサッていうことがあるわけ。

つまり、武道では

前を見つつ全体を把握する

という能力が養われる。

視線は常に前、だけど見える範囲は前、左右。

死角は後ろという状態。(流石に後ろに目が付いたら達人級だよね。)

こだわりを排除する

というのができるのが一つ。

もう一つは

選択肢を増やす

これは私の空手の師範のお言葉なんだけど

人間不安になるっていうのは選択肢がない状態なのだそうだ。

私もそうだったんだけど、

「自分、生きててもしょうがないよね」って思う時期があった。

でそこには、「こんな自分が生きるため」の選択肢がほとんどない。

生きててもしょうがない→じゃあ、生きるためにどうするか。

という考えじゃなくて、

生きててもしょうがない→死

しか選択肢がないと自分でこだわってしまっている。

死という選択肢しかないと、知識の海ネットで死の情報しか探さなくなる。

そして、その方法を実行するっていう方向にシフトしちゃうんだけど。

私はなるべく痛い死に方はしたくなかったから、

醤油を一リットル飲んだり、塩水を飲んだり、ODしたり。

って方法を試した。

結局今も生きてるけど。

でも、今はなんで死にばっかり目がいってたんだろうって。

例えば、お金がなければアルバイトすればいいし、

仕事がきまらなければ、病気が軽くなるまで待てばいいし。

うつ病のコミュニティーでオフ会に行って人脈を広げるのもひとつの手だよ。

そういう選択肢が全くなかった。

選択肢がないと人は不安に陥って、身動きがとれなくなる。

武道では

この技が飛んできたらこういう避け方をする

というのはあくまで「基本的に」教わるけれども、

この避け方じゃなきゃいけない

というのではない。

つまり極論を言えば

どういう避け方でもいいから当たらなければいい

ってこと。

このどういう避けかたというのを見つけるのは

咄嗟の判断(体が勝手に動く)

稽古の積み重ねで見つける

という方法で見つけていく。

それを日常生活に応用すると

例えば仕事でむちゃぶりをされた時

選択肢がない状態だと「言われた通りにやる」というのしかできないけど

選択肢があると

パターン1頑張ってやる(一番辛い)

パターン2調査してみて簡単に出来そうならやる(ちょっと辛い)

パターン3やり方を調査して相手にやらせる

パターン4やらない

というふうに自分で選択肢を増やす方法を思いつく脳になっていく。

お金もそう。

選択肢がないと「銀行に入れておく」ということしかしないけど

選択肢があると

投資信託とか株とか貯蓄型保険とか個人年金とか

選択して増やすことができるようになる。

 

選択肢を増やすには

勉強をする(稽古をする)

しかないんだけど、これは単純にネットサーフィンをして勉強すればいいだけなので(あと本とか)あまり手間じゃない。

 

武道でうつが軽くなるのは

2つの脳ができるということ。

こだわらない脳

選択し増やす脳

これで私うつが軽くなりました。

(むかしのCMでこれで私会社辞めましたってのがあったなー。)

では!

GW突入!

休み明けが怖いが、まぁしょうがない。

GWの予定

DragonBallを見に行く

牙狼を見に行く

パトレイバーを見に行く。

副業を始める。(爆)

タカラトミーの株を買う。(爆)

 

私は鬱ともっとひどい精神病で2013年まで完全なる自己否定状態だった。

私は何をやってもダメだ。

ダメ人間だ。人からも嫌われてるし。

ファフナー(アニメ)のセリフで完全なる自己否定の先は肯定だってセリフがあるけどとても自分を肯定できるもんじゃない。

 

2013年もそんな感じで友人に紹介されて会社に入った。

契約社員だったけど、それなりにあったかい場所だった。

友人が一緒にいてくれたことにより、ちょっと安心できた。

 

そんな私に転機が訪れるのは2014年になったばかりの冬。

もう30になるから記念にやりたかったことをやってやるという半ばやけっぱちの勢いで極真空手に入門。

なんで空手にしたかというと、私が特撮大好きなヲタクだから。

でも、どっちかっていうとアクションを見るのが好きで、

子供の頃からやってたら、絶対JACに行くぞ!と思ってた。

そんなある日、組手で私(白帯)より上の先輩とやって、先輩に当てることが出来たことで自分にもできるんじゃないかというちょっと小さな自信がついた。

 

本当にちょっとのこと。

でも嬉しいこと。

ちょっとの嬉しいことが増えていくうちに、私はいつの間にか笑えるようになっていった。

と同時にイライラすることがほとんどなくなった。

 

目に見えて私が強気になったのは去年の夏合宿。

2日空手漬けの日々を過ごし、千本突きをしとなかなかハードな合宿に白帯で参加。

そのあとから私は目に見えてアクティブになっていく。

おそらく屈強な男性たちと2日間同じ空手というフィールドにいられたということで自信がついたと思う。

(だってほとんどの先輩が足でバット折る人たちよ・・。)

 

まずは運動することなんだっていうのはしみじみ感じる。

ジムとかでもいいけどどうせやるなら、護身術になる方がいい。

そういった意味で武道を習うのはいいと思う。

精神的な面でも鍛えられるし、日常でも活用できる。

(瞬間沸騰湯沸かし器にならずに済むよ。)

たまにはこの野郎!って瞬間に頭に来ることもあるけど、

怒ったら技を貰うだけだから、って考えると日常でもあまり怒らなくなる。

(怒る→警戒がゆるくなる(全体が見えてない)→技を貰う)

 

次回は私がどうして病状が軽くなったかを具体的に。

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