メンヘラーNORAの攻略ブログ

カテゴリ: うつ病

突然の質問です。

 

あなたは「ふつう」ってなに?と聞かれたらどうしますか?

難しいですよね。

私も難しいです。

例えば・・・

今現在の私を他人が見たら、普通の人に見える。

つい2.3年前の私を見たら普通じゃない人に見える。

今現在と2.3年前の差ってなんでしょう?

 

手帳を持っていることですか?今も持ってます。

空手をやり始めたことですか?ジムで水泳くらいはちょこっとしてました。

働いてるということですか?2年前なら働いてました。

 

それは・・・自分が普通と思っているかどうかなんだと思うんですよ。

 

他人からの普通ってあくまで他人からの評価なんです。

あなたはここが変だから普通の人じゃないと言われたって、そんなの

自分の性格だから

と言ってしまえばそれで終わりなんです。

 

私なんかはよく言われるのが、パソコンを前にして独り言を言うという癖ですね。

友人には無理やり矯正させられそうになりましたが・・・。

そういう、一見周りの人から見ると変な癖とかって一種の個性なんだと思うんです。

人間皆が皆同じ性格をしてたら気持ち悪いじゃないですか。

言い方は悪いですが、個性があるから差別化があるわけで。

でもね、意識的な部分っていうのは直せるけど、

無意識的な部分を無理やり意識して矯正するのは、

言うは易しなんですが行うは難しなんです。

それに無意識的な癖って誰にでもあることで、気づいてないことが多いんです。

じゃあ、普通ってなに?

普通の人=健康な人ではありません。

普通の人=自分を普通だと思ってる人。

だと私は思います。

例えば、周りからうつ病だと思われてる人が、

私、ちょっと人より落ち込みやすい性格なの。

といえば、本人は自分は普通の人だと思っているということです。

 

私も、食欲不振とか不眠とかほかの症状が出るまで人より落ち込みやすいネガティブな人間なんだと思っていました。

うつ病と診断されて初めて、私は普通の人じゃないんだという認識に至ったわけですが、今は不眠、食欲不振ぐらいで「薬のおかげで」、普通の人ですね。

(落ち込むととことん落ち込むけど。)

 

周りの評価は確かに気にするでしょう。

私もそうでした。

でも、周りに振り回されてばかりだと疲れませんか?

自分が普通だと思ったら

俺は普通なんだ、周りがとやかく言うんじゃねー

って跳ね除けちゃえば私は楽でしたwww

でも、本当に普通の定義ってないんですよね。

それこそ人間の数だけの普通があるんじゃないでしょうか。

※私の実体験のみ

※個人的主観

それでも許せる方はどうぞ。

 

うつの時それはほとんど落ち込んでいるとき。

ちなみに、ハイになっている時を躁(そう)という。

最高にハイってやつだ!承太郎!(違

まぁ、DIO様は放っておいて。Σ(゚д゚lll)

 

まぁ、落ち込んでるんですよ。

イメージしてください。

水の中に潜って、潜って、何も聞こえない静かな世界にいます。

そこには私の否定的な声だけが響いています。

(これが心地いいんです。後で麻痺してる状態だって気づきましたけど)

そんな感じ。

その世界で、私は安らかに過ごしてるんです。

誰にもその世界を壊されたくない。

で、そんな時

例えば、家族が「運動しなさい!」と声をかけたとする。

静かな世界に「運動しなさい!」という雑音がいつまでも響きます。

 

静かな世界を壊された私は家族に怒ります。

放っておいて。

こんな風景、よくあると思います。

うつの時って落ち込んでる時だから静かにしたかったんです。

そのままにしてると死に直結したりするので全部放っとけとは言いません。

ただ、やってほしいことは、

私自身が動き出すまで待ってて欲しい

ということです。

その動き出すのが例えば、散歩だとか自傷行為ならリスカとか

散歩ぐらいはいいとしてもリスカは怒られるでしょって思うけど、

落ち込んで日がな一日泣いているよりはいいです。

(まぁ、リスカとかは怒られますけど、

怒られるのも何かなーと。)

どちらにせよ私がやってほしかったのは

無理に動かさないで

ということです。

落ち込んでいるとなんでもネガティブに考えてしまいます。

そこに無理に動かそうとする家族の手が加わると

私ってジャマな人間なんだ

さらにネガティブになります。

ちなみに、家族の愚痴が耳に入るのも私には嫌でした。

音楽でさえイラつきました。

 

そのネガティブが無限ループして更なるネガティブを生み出す仕組みが出来上がってしまうのです。

でも、その世界で一種の安心感を覚えるのです。

(まるで海に潜っているような感じですね。)

 

私は入院するまでひどい鬱だったので、よくそういう時どうして欲しいの?って聞かれます。

 

私は、私の実体験でしか語れませんがと前置きして言うのです。

ただ話をきいてくれるだけでいいんです。

それだけ?って思うかもしれません。

でも、私はそれだけで良かった。

共感してくれなくてもいいし、否定・・・はあまりされたくなかったかな?でも、誰でもいいから今の悩みを聞いて欲しい。

 

病院行けばいいじゃんって言うんですけど、

私の場合病院じゃなくて、同じ病気を持ってる患者さんに聞いて欲しかったですね。

(そこで行き始めたのが東大の作業療法室ですが。

でも、動き出すまでが大変なんです。)

医者は悩みまで聞いてくれません。

お薬をくれるだけです。

カウンセラーさんは時間で費用高いです。

でも、デイケアとか保険が適応されるところで

同じような病状の人と料理したり、卓球したり、麻雀したりするのは楽しかったです。

(麻雀もう忘れちゃったけど、いろんな年代の人と話ができるので後々人と話すときにも役立ちます。)

私の時は

無理に動かさない

話を聞いてください

この2つが重要でした。

次回は鬱ってもしかしてラッキー?ってことを書きましょうかwww

 

 

うつの状態は千差万別でどういう状態かというのはなかなか一言では言えないけど、私の状態はこんな状態

 

私はダメなやつ、なにをやってもだめ、きらわれもの

つまり

「自分」を完全に否定(自己否定)

これを克服するには、

自分のいいところを見つけましょう。

大体心療内科とかで医者に言われたのはこの言葉。

でも、そんな簡単にいいところなんか見つからない。

就職活動とかでもそうだったけど

長所は短所より見つかりにくい

ならばどうするか。

短所を逆に考える。

空手でも私はそうなんだけど、

私は左の回し蹴りが苦手で右はそこそこ。

ほとんど威力もないし、勢いもない。

それじゃ、相手を倒せない(まぁ、倒すことが目的じゃないんだけど)

そこで考える。左にこだわらなくてもいいだろ?

得意の右を強化すればいいじゃないか!

 

私はおしゃべりでうるさい。

でもそれって、

話題をいっぱい持ってて、いろんな人と話せる

ということ。

否定的な部分にこだわるんじゃなくて逆の発想にする。

たとえ年齢詐称と言われようとも、昔のアニメや特撮の話ができると

いろんな年齢の人とコミュニケーションをとることができる。

昭和の歌謡曲とか情報を仕入れておくと(例えばジュリーとか、歌舞伎の話とか)60以上の年齢の人と話ができる。

 

大事なのは2つ

否定的な面に

こだわらない

発想の逆転

これは私の空手の師範の言葉なんだけど、

こだわるというのは聞くだけだといい言葉に聞こえる。

例)シェフのこだわりレシピとか

でも、それって

それだけにとらわれる

もっと簡単に言うと

それだけしか見えてなくて、ユニーク性に欠ける

恋は盲目状態と同じで悪い面しか見えなくて、その裏にあるいい面が見えなくなっちゃう。

それってすごくもったいないことだと思った。

だから、それを聞いたあと私は

短所という言葉にこだわる(とらわれる)ことをやめた

逆に言うと

短所をいっぱい見つけてみた。

おかしいでしょ?

短所が見つかるたびに自分の悪い部分が見えるのに。

その後、発想の逆転ですよ。

短所を逆に考える

さっきの「うるさい、おしゃべり」を逆に考えると

「大きな声を出せる、話題がたくさんある」→社交的

になる。

そんな感じで短所を逆に考えて長所になる部分を探す。

 

で、ここからが本題。

私の場合は武道でなぜうつが軽くなったか。

それは武道の世界では極端に言うと

こだわる(とらわれる)→死

極端すぎると思うけど。

例えば、私の好きな戦国時代。

その頃に武道っていうのは生まれた。

もっと前からかもしれないけど。

で、目の前の相手の攻撃だけに囚われてると

後ろ、左右からグサッていうことがあるわけ。

つまり、武道では

前を見つつ全体を把握する

という能力が養われる。

視線は常に前、だけど見える範囲は前、左右。

死角は後ろという状態。(流石に後ろに目が付いたら達人級だよね。)

こだわりを排除する

というのができるのが一つ。

もう一つは

選択肢を増やす

これは私の空手の師範のお言葉なんだけど

人間不安になるっていうのは選択肢がない状態なのだそうだ。

私もそうだったんだけど、

「自分、生きててもしょうがないよね」って思う時期があった。

でそこには、「こんな自分が生きるため」の選択肢がほとんどない。

生きててもしょうがない→じゃあ、生きるためにどうするか。

という考えじゃなくて、

生きててもしょうがない→死

しか選択肢がないと自分でこだわってしまっている。

死という選択肢しかないと、知識の海ネットで死の情報しか探さなくなる。

そして、その方法を実行するっていう方向にシフトしちゃうんだけど。

私はなるべく痛い死に方はしたくなかったから、

醤油を一リットル飲んだり、塩水を飲んだり、ODしたり。

って方法を試した。

結局今も生きてるけど。

でも、今はなんで死にばっかり目がいってたんだろうって。

例えば、お金がなければアルバイトすればいいし、

仕事がきまらなければ、病気が軽くなるまで待てばいいし。

うつ病のコミュニティーでオフ会に行って人脈を広げるのもひとつの手だよ。

そういう選択肢が全くなかった。

選択肢がないと人は不安に陥って、身動きがとれなくなる。

武道では

この技が飛んできたらこういう避け方をする

というのはあくまで「基本的に」教わるけれども、

この避け方じゃなきゃいけない

というのではない。

つまり極論を言えば

どういう避け方でもいいから当たらなければいい

ってこと。

このどういう避けかたというのを見つけるのは

咄嗟の判断(体が勝手に動く)

稽古の積み重ねで見つける

という方法で見つけていく。

それを日常生活に応用すると

例えば仕事でむちゃぶりをされた時

選択肢がない状態だと「言われた通りにやる」というのしかできないけど

選択肢があると

パターン1頑張ってやる(一番辛い)

パターン2調査してみて簡単に出来そうならやる(ちょっと辛い)

パターン3やり方を調査して相手にやらせる

パターン4やらない

というふうに自分で選択肢を増やす方法を思いつく脳になっていく。

お金もそう。

選択肢がないと「銀行に入れておく」ということしかしないけど

選択肢があると

投資信託とか株とか貯蓄型保険とか個人年金とか

選択して増やすことができるようになる。

 

選択肢を増やすには

勉強をする(稽古をする)

しかないんだけど、これは単純にネットサーフィンをして勉強すればいいだけなので(あと本とか)あまり手間じゃない。

 

武道でうつが軽くなるのは

2つの脳ができるということ。

こだわらない脳

選択し増やす脳

これで私うつが軽くなりました。

(むかしのCMでこれで私会社辞めましたってのがあったなー。)

では!

GW突入!

休み明けが怖いが、まぁしょうがない。

GWの予定

DragonBallを見に行く

牙狼を見に行く

パトレイバーを見に行く。

副業を始める。(爆)

タカラトミーの株を買う。(爆)

 

私は鬱ともっとひどい精神病で2013年まで完全なる自己否定状態だった。

私は何をやってもダメだ。

ダメ人間だ。人からも嫌われてるし。

ファフナー(アニメ)のセリフで完全なる自己否定の先は肯定だってセリフがあるけどとても自分を肯定できるもんじゃない。

 

2013年もそんな感じで友人に紹介されて会社に入った。

契約社員だったけど、それなりにあったかい場所だった。

友人が一緒にいてくれたことにより、ちょっと安心できた。

 

そんな私に転機が訪れるのは2014年になったばかりの冬。

もう30になるから記念にやりたかったことをやってやるという半ばやけっぱちの勢いで極真空手に入門。

なんで空手にしたかというと、私が特撮大好きなヲタクだから。

でも、どっちかっていうとアクションを見るのが好きで、

子供の頃からやってたら、絶対JACに行くぞ!と思ってた。

そんなある日、組手で私(白帯)より上の先輩とやって、先輩に当てることが出来たことで自分にもできるんじゃないかというちょっと小さな自信がついた。

 

本当にちょっとのこと。

でも嬉しいこと。

ちょっとの嬉しいことが増えていくうちに、私はいつの間にか笑えるようになっていった。

と同時にイライラすることがほとんどなくなった。

 

目に見えて私が強気になったのは去年の夏合宿。

2日空手漬けの日々を過ごし、千本突きをしとなかなかハードな合宿に白帯で参加。

そのあとから私は目に見えてアクティブになっていく。

おそらく屈強な男性たちと2日間同じ空手というフィールドにいられたということで自信がついたと思う。

(だってほとんどの先輩が足でバット折る人たちよ・・。)

 

まずは運動することなんだっていうのはしみじみ感じる。

ジムとかでもいいけどどうせやるなら、護身術になる方がいい。

そういった意味で武道を習うのはいいと思う。

精神的な面でも鍛えられるし、日常でも活用できる。

(瞬間沸騰湯沸かし器にならずに済むよ。)

たまにはこの野郎!って瞬間に頭に来ることもあるけど、

怒ったら技を貰うだけだから、って考えると日常でもあまり怒らなくなる。

(怒る→警戒がゆるくなる(全体が見えてない)→技を貰う)

 

次回は私がどうして病状が軽くなったかを具体的に。

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